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2005-01-24 猫の見学(fiction)

徒然悪文

友と歩く

鶴山くんが、見舞いに来てくれた。長い雨季にはめずらしいほどすっきりと晴れた日だった。天気がよい。ぽかぽかとした太陽まことにくったくの無いもので、そのせいだろう、湿り気の名残りは素直にたちのぼっている。しとやかで控えめでありながら、一片の恨めしさもない、まことまことに良い天気であった。

さほどにやわらかい日であったから,ぼくらは城址公園を冗々と散策したのである。(鳥のさえずりや、都会のざわめき、車などの物音、といったものについて、ここに描写する)。

唐櫓門の小扉をくぐって、鉤小路跡のあたりに抜けたあたりで、ぼくらは静かな空間を得た。幾何学的な文様のある漆喰の壁に囲まれ、こじんまりと天に開けた白州の区画で、(略)

鶴山くんは「術後の快復はどうかね」と言った。昔と変わらぬパヴァーヌリズムだった。問われて、ぼくは足下の小石を左手で拾うと、そのまま軽くほおり投げてみた。うす緑の丸石が空と戯れ、吸い込まれる真似をする。小石はほんの少し小さくなって、わずかのあいだ中空に留まったが、すぐに空とさよならをする。重力に連れ戻された小石は視野から消えて、足下でかちゃりという音がする。

見上げたままのぼくらの目に、小さな鳥影が、影の色のままスッと横切り、壁の向うの空に消えていく。数ミリ秒遅れで、空気の震える音が聞こえる。それは、本当の音ではなく、目から映像として聞こえてきた、幻の音である。静寂である。

感想

まず時制がダメ。下書きを含めて本当の初稿(つまりゼロから書きはじめて一気に書いた第一回目の下書き)だから、この程度でいいのかもしれないし、ぎゃくにこの程度でしかないものからは、もはや何も生れないのかもしれない。

nobodynobody2005/02/12 18:52[鉤小路跡のあたりに抜けたあたりで] のぶぶん、「あたり」が重複。あと「唐櫓門」と「鉤小路」はいずれも ka ではじまると思うのだけれど、韻を踏む必要があるのかどうか、疑問でもある。ではでは。

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