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2004-12-12

[]北村ゴジラ見ました日記

 すごく重要なことを最初に書くよ、ぼくはこの映画っぽいアトラクションが大好きです。

 だから心の狭いひとが本気で怒っているのを見ると哀しくなるよ!

 こういうのが好きなんだもの!好きなんだもの!

 というわけで感想です。

 相変わらず長かった、ケツが痛いです。今回も『あずみ』の時と同じで、いつまでも映画が終わらない終わらない、しかもどこで終わってもあまり問題がないのに終わらない。あまつさえ何の描写もされていないキャラクターが最後を締めておしまい。

 これはまあ怒るひとは怒る、かなり怒る。だって映画を観に来たのに、面白そうな映画ダイジェストを五本分くらいグッチャグチャに編集して二時間オーバーも見せられたら、普通は頭にくる。

 でも怒っちゃダメだ、北村監督作品を二度見たことがあるなら、怒る資格はない。だって彼の作品はどれも同じだから。二本見ただけで、どれも同じなんだろうな、とわかるはずだから。

 北村監督作品には、大きい三つの映像的特徴がある。

  • キャメラが動かない、動くときは特殊な動き方をする。
  • アクションシーンはコマを抜いてるから安く見える、バンクが多い。
  • 人物レイアウトが常に横位置。立体配置ができない(画面内で別の場所に移動しない)。

 これは何か。80年代アニメである。OVA初期のアニメは、ほとんどこんなだった。

 80年代アニメに出てくるサングラスの大男は必ずシュワルツェネッガーに似ていた。

 当時『ターミネーター』が流行したからだ。

 そういう臆面のないパクリ引用、中身のない薄っぺらな人物造形。

 あまり表には出さないが、北村監督はかなり80年代アニメが好きなのだと思う。

 というか、アニメしか観ていないのではないだろうか。

 そんなことを、映画冒頭、ゴジラを凍らせたあとの轟天号艦内で喜ぶクルーを見て思った。

 だって『トップをねらえ!』みたいなんだもの、アレ。

あとはメモなので箇条書き。

  • 見栄切りも、昔のアニメ的で平板なレイアウトが多い。
  • シナリオには五本分くらいのプロットが無秩序に並んでいる。
  • 伏線がなかったり、回収できなかったり、エンディング的カットが何種類もあるのはそういうことだろう。
  • 役者全員に見せ場が用意されている。北村監督の「器」だと思う(後で説明します)。
  • 今回は真ん中で国村隼さんが「二回説明を繰り返す」という不思議ターニングポイントがあったので、おそらく客席の大部分はそのときに北村時空に取り込まれたはず。
  • おそらく、いろいろな暴挙が、北村監督の中では「器が大きい」って翻訳されていて、ああいう感じになってしまうのだと思う。
  • なんで現場が盛り上がるかというと、好き勝手できるからだ。
  • 思うに北村監督は、頼まれたら断れない性格。
  • だからヘタはヘタ、癖のある役者はやりすぎ、ベテランはルーチン演技になる。
  • その変なバランスが好きなひとにはたまらないのだろう。
  • ガイガンと美女丸が同じ死に方。

 北村監督のよいところは、言い訳が情けないところだ。「プロデューサーがね…」「みんな頑張ってくれたし…」「リミックスしていくわけですよ…」等、開き直りきれていない。人間的にはちょう苦手だし、映画監督か?という疑問も大いに残るし、DJ役で出演したシーンに関しては「あれは自分の間抜けさをわかってる」「わかってない」で大論争になるほど(もちろんおれはわかってない派)だけど、面白いと思う。

 いわゆる無意識過剰な匂いがするのだ。

[]何で映画感想をここに書くのかというと。

ぼくにとっての日記は、映画感想や、読んだ本の感想なのです。誰に言うのでもなく、自分の為にメモする感想。普段書いているはてなダイアリーに書くと、つまらないことで悩んで書けなくなってしまう、そういうものです。だから日記日記として、書きます。現にこの日記も一回はてなに書こうとして、コピペしてあっちは消しました。

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