独白 RSSフィード

ここは、20060920より管理者の完全独り言置き場である。
全く意味不明な発言をすることだろう。
本家ブログきょどうふしんなぶろぐはこちら
ケータイ写メ日記(予定)『神域良月』はこちら
仮説α仮定β
街あど  2典  書類検索  ウェブ魚拓 
DVT  blogRSSS-cube コアスタdenxa b r

天気 -京都府- ウェザーテック

2006-11-19

[]他人事 14:58

俺は姦淫はしないと決めている

姦淫ってと、ナザレのイエスは、「想像の中でやることも姦淫である」と言った。

つまりオナニー対象に使ってもそれは姦淫なのである。


で、相手の方の気持ちなんて分からないのにそんなのをオナペットに使うのなんて相手に対して失礼だから、俺はしない。

誰かがいくら好きな人やアイドル想像の中で汚そうとも俺は構わないが、といあえず俺はやらない。

もちろん物語なんかに出てくる架空の人物にもやらない。

だってそうだろうその人物やその人物の作者に失礼だ。

作者もその人物を汚されたくて物語を書いたわけじゃないんだから。


そういうわけで、俺がオナペットに使うものは実存の人物でなく、また純粋物語の人物でもない。

俺が使うのは、初めから”抜き”目的のもの―その作者が初めからオナニーに使ってくださいねという風に提示してるもの―以外は使わない。

例を挙げるとAVやらエロ本やらエロ漫画やら官能小説やらである。

これは作者がオナニーに使ってと言って提示しているもので、つまり相手の了承を得ている―相手のコンセンサスを得ているもの―と私は考えているからである。

相手の了承も得ずに相手を汚してしまったらそれは相手に失礼だろうってものである。


もっとも、AVエロ本もほとんど使わない。(まぁ見てしまってムラムラ来てしまったときにはしゃーないけど)

だってモデルさんが、本当はどう思ってるかわからないからである。

嫌々やってるのかもしれないし、全国の野郎どものオナペットになることを快く思ってないかもしれないから。


ああ、あとギャルゲも駄目だ。

一応持ってはいるが怖くて+めんどくさくてやってない。

たいていキャラが可愛いからだ。

たとえ汚され目的で作られていたとしても、汚すのを忍びないといったら良いか。つまり汚されるのを可哀想に思ってしまう。

てか、どう言えばいいか、ピュアすぎるものを汚すのは抵抗がある。

そう、汚す対象はある程度汚れていないと汚す気になれない。

ピュアすぎるものはむしろそのままの形で保持しておきたいと願ってしまう。

つまり崇拝対象である。崇拝対象を汚すわけにはいかない。

同様の理由で何かのファンになってもそれを犯すような真似は俺にはできないだろう。

たとえ中身は汚れていると分かっていても表面があまりにも神聖に偽装されていたらそれだけで俺は手が出せなくなってしまう。


だから何かのファンが崇拝すべき対象を自分たちの手で汚しているのを見るとき、俺は正直不快な心持ちになる。

まぁこんなのはその人の心持ちの問題だから、その人が崇拝対象にどう接しようとも俺は文句言わない―汚さないように強制するつもりはないんだけど。

いわば俺は崇拝者なんだろうね。

敬遠キリスト者がまさかイエス聖母をオナペットに使うなんてことがないのと同じようなものだ。


ま・それでも俺はそのファンたちの気持ちが分からないでもないんだよ。

ファンたちはファンであるが故に崇拝対象と同化したい、同化して自分も浄化されたいんだろうし。

ちょっと話は違うが、レイプについての快楽も分かる。

自分の中に、反発する要素を無理矢理取り込む。要素はそれでも自分の中で懸命に反発するんだけれど、それでも力及ばず徐々に力尽きその中に取り込まれていく。

まるで世界の中の私たちのようだ。

それはまるで食べられた食物に似ている。食物はいくら抵抗しようとも消化され、最終的には吸収されてしまう運命だ。

そこからカニバリズムも大凡理解できる。

まぁ尤も自分から食われたいと願ったこともある俺には吸収され同化されるという快楽も同時にわかる。自分という限定が失われ完全に相手にゆだねる。それはまるで死して生命の海へと還っていく様のようだ。


一応は俺はレイプしたり、されたり、男であったり女であったり、少年であったり少女であったり、無機物(道具)であったり人体の一部であったり、想像上の生物であったり動物であったり、また食物であったり食ったり食われたりといったシチュエーション脳内で一通りやってきたから、それが当たってるかどうかはともかくとして一応外面的には大抵のことを理解できてるようなつもりになれる。

ただ実際に性体験したことがない俺には今持ってる感覚なんてただの俺の脳内だけのフィクションに過ぎないのかも知れないけれど。


で、話はちょっと脱線したが、そういうわけで一応俺はオナペットとして初めから”抜き”目的のもの―AVエロ本エロ漫画官能小説など―は認めているけど、俺自身はあんまり利用してはいない。

じゃあ何を使ってるんだって話になるが、主にそれは俺が脳内で作り出したものを使っている。

エロ漫画を主な要素として作り上げたようなものだが、シチュエーションなどはほとんど俺が作り出したようなものだし顔なんて正直決めてない。ときにはそんなのとかも離れて完全オリジナルだったりする。

てか俺は面食いだけど、想像の中では顔ってのをはっきりとイメージなんてしていない。左脳型人間だし。どちらかというとそん時の自分の気持ち、相手の気持ちを想像する方が大切だし。シチュエーション萌えってやつかな。

だからやる方も俺で、やられる方も俺で(あ、一方の俺は大抵女ね)、やりながらやられるという両方の気持ちを推察するようなことをやったりする。セックスだけじゃなく融合とか生気を吸われるとか食う食われるとか。

正直自分がやってるのかやられてるのかわからない。両方なのだ。

自分が作り出した完全オリジナルファンタジーは、一応作者は俺で相手がどういう反応をしていようがそれも俺が演技させているのであって、つまりそれを汚すことは俺に同意を取っているということで姦淫には当たらないということから、結構残酷想像もしたりします。人ってのは残酷になろうと思ったらいくらでもなれるものですからね。

まぁこれは一種の自己愛ですな。



世の中を見渡すと自分の及びもつかないフェティシズムがあって(特にエロゲ界が顕著だが)、そんなのを見ると何となしにその世界に飛び込んでいってシチュエーションのレパートリを開発したくもなるが、同時に妙な抵抗が生まれたりするへたれな俺は結局は何事もなしに、この自分だけの世界で自分だけのシチュエーションを作るという自家発電だけで満足しそうだ。


てなわけで、俺は人がどういう性癖を持ってようと比較的気にしないつもりだ。

同性愛だろうがなんだろうが俺にとっては他人事なのです。

でもまぁエロスは若干苦手だし、本人の意志完全無視のストーク妄想や、くだらない押しつけがましい性的な主張にはカチンと来るものがあるけどね。

まぁでも我慢するよ。極端な例でいうと、たとえ自分がBL妄想に使われたとしても。想像はその人の自由さ。

ときに自分がオナペットにされてうれしい人っているのかな?


※この記事はhttp://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/854817.htmlを見て書きました。

トラックバック - http://nikki.g.hatena.ne.jp/yuhran/20061119

2006-09-24

[]私がプロジェクトを立ち上げる理由 09:45

まぁだからその一つは上で述べたとおり、自分の成長のためである。

尤も就活のため(だけ)に成長するのではない。

自分が実力者になることは実に凡庸性があるというか、様々な局面でつぶしがきくからである。

勿論、自分がやりたいと思ったことをすぐに実現するためにも。


だがもう一つプロジェクトを立ち上げる理由がある。

後輩たちのためでもある。


私の独断と偏見から評してみると、

私が属してるサークルベンチャー言いながらも結局ほとんどの人が就職している。

ていうか、せいぜい社長講演会を立ち上げてる程度に留まっている。


入ってくる人も1年生の内は元気。燃えている。

2年になると、まぁまぁ元気、酷ければ惰性でやってるって感じ。秋になるとだんだん現実と向き合い、悟ってくる。

3年になると、「ああ、あの頃は若かったなぁ」って冷めた感情になる。でまぁ大抵の人は現実路線。

周囲の「就活せんとヤバイで~出遅れたらヤバイで~」ムードにすっかり飲まれる。焦る。夢なんて見れなくなる。いや、むしろ見てる方が格好悪い。いつまでも夢を見てる人を、無知であるとか(だいたい自分よりも優れてると思われる大層なことを言っていた人が成功していない事例を多く見ることからそんな風に考える)、またはこだわり性、頑固者、現実逃避をしてる人、現実を見ていない人と見なすようになる。(まぁそれは当たっている部分もある。というも、現実を見ていない人の何割かは卒業フリーターになり、かなわない夢を追いかけるようになるのだから。)

またはいつまでも「ベンチャーベンチャー」言ってる人を、「ああ、またあいつベンチャー支援とか何たらかんたらいうところに踊らされてるわ」と、冷ややかな目で見始めることだろう。


または、就職して社会経験を積んでから独立という、まぁ堅実というか、現実路線を謳うようになる(俺がそれをやったら恐らく夢がかなう確率は極めて低くなると思われる。まず、今でさえかなり危うい状態なのに、就職して独立するまで情熱を保てるか?いや、恐らくその間にくたびれてしまうだろう。てか、業務をこなすことにいっぱいいっぱいになり、何も考えなくなり、落ちこぼれ社員に・・・

4年になると、内定出た、どこに決まった、学生生活の最後の思い出とか、卒論とか。


うむ。

やはりこう見てくると、もし、夢をかなえるならば2年のうちにやっておくべきなのだ。

情熱の火が消えないうちにやっておくべきなのだよ。ワトソンくん。


でもって本題なのだが、多くの学生が、2年のうちに動き出すことが出来ない要因はいったい何なのか?

実に動き出すのを阻害する要因があり、それにもたついている間に機を逃してしまうのではないかと。

まぁ私の場合、地理的な問題や家庭的な問題、何よりも経済的な問題があったわけだが。


もしそれがなかったとしても、動き出すのを阻害する要因があったように思う。

それは一言で言うと、どう動けばいいのか分からないということに尽きる。

ああ後、先に挙げた、周りからの冷遇の目ね。


まぁベンチャー言うものは初めは皆手探りで行うものだと思いますけどーね、

大抵始めることは自分の専門外のこともやらなきゃいけないってことです。


で、たぶんこの専門外のことをやる人が不足する。

その専門外の勉強とか、準備とか、色々。まだそれでもやれたらいいけど、勉強の仕方も分からないとか、準備をどうすればいいのか分からないとかなるともうお手上げ。

てか、不明点が多くなってくると、人間ってものは意欲を失うものだ。

結局やらず仕舞いになる。


んで、大学見てると、妙にオタッキーというか、一芸に秀でてるというか、そんな人がいたりするんだけど、あまりその技能を活用されてはいないのが多い。

大抵趣味の範囲で終わっている。


つまり一つの分野のエキスパート存在するのに、それはそれぞれバラバラに独立して存在していて、なかなかお互いに利用することが出来ていない。

以前属してた電研(電気情報研究会)にやり手のプログラマがいるけど、彼がやってるのも趣味か、またはせいぜい小遣い稼ぎ程度に留まっている。

こいつは実に勿体ない。

組み合わせればその力は倍にも数倍にもなるのに。


まぁ大学ってのはずっとそういう面が多いんだけど。

エキスパート達が初めて会うのは、社会に出てからってのもお互い不慣れでつらいんちゃうかな。


そいで、俺の構想は、そのバラバラの輝石を繋ぎ止めるような、超キャンパス的、超学部的、超団体的な、学生団体の設立、しかし、それぞれの分野の人がどこにいるのかがすぐに分かり、連絡を取るのも容易なやつね。


まぁそれがあったらそれぞれの企画の提案や、仕事の依頼が活性化し始めて、後輩達も以前よりも容易に夢を叶えることが出来るんじゃないかな?

もちろんそれが出来た暁には私も利用させていただきますがね。

[]イスラム 12:19

イスラム社会では女性はフードを被るが、

男(の一部)というものはそこまでしないと心の中で姦淫を働くというのは間違いない。

男は女性にとって狼というのはその通りだと、男の自分が認めるのも微妙な心境だが、まぁそうである。


妄想というものは男にも女にもあって、妄想が強い人は強い。

男の方が襲うとかいうのは身体の構造上の問題でもある。


まぁあとは女性の方が一般的に美しいのはやっぱり生物上男を寄せ付けるためで、生物学上の身体の構造や、それによって引き起こされる欲望を意志の力で何とかしようとしても限度がある。

我々は結局は身体に踊らされているのである。


フードを被るのはおかしい云々言う人は、男の恐ろしさを理解していない。

まぁ公平を期すなら男もフードを被るべきかも知れんが。

まぁそうなると完全に誰が誰だか分からない世界が出来上がりますが。


まぁ我慢できるとか意志の力で何とかなるとか言う人は野性味を失った人だろう俺のように。

または悟り修行とかユダヤの戒律とかそんなのは野性味を完全に失わせる一種の修行なのだ。


人は野生の状態では女は男を魅了し、男は女に魅惑され襲うようになっている。それが本質。

逃げるメスのアゲハをオスのアゲハが追いかけてるようなもの(ここは適当

まぁ今やほとんどが野生を失ってるから、そう問題はあまり顕在化してませんがね。

男の持ち味である闘争本能なども徐々に削られて軟弱な男が大量生産されてますが。

で、フードなんか被らなくても過ごしていける社会が来た(もとから被ってへんけど)とも言えそうですが。



フードについて、俺の見解を述べるとだ。

日本みたいにもう男が女みたいになってるような人が多い完全に平和ボケ温室ハウスで野生が狂って薄められている社会では別に要らんかもしれない。


でも、中東地域みたいな野性味を持たないと生きていけないような過酷な環境なんかでフードなしじゃ多分生きていけない。一瞬で食われると思う。


日本かほんと狂ってると思う。

男が美しさを求めてどないやねんって。

でもなんか女性好みって逞しさよりも美しさの方にシフトしていってるって。

外敵が居ないから強い肉体の価値が下がったってことだね。。


これ結構、ホモとかレズとかバイとか増やす要因だと思う。


男→女っぽくなる→他の男にもてる→ホモ

女→美しいものを求める→女=美しい→レズ


男の闘争本能を解放できる場をもっと一般に開放した方が良いかと思いますよ。

俺のイチオシだと相撲ですが(別に力士のように太るのでなく、レスリングに近い取っ組み合いを想像していただきたい)。

日本古来では割と庶民にメジャーだったらしい。

[]恋をしない 12:46

感性が薄いちうか、無感動ですからね。

多分、ずっと恋をしないままに生きていくのでしょう俺は。

まぁでも周りを見渡しても恋で付き合ってるというよりも、付き合いで付き合ってる(なんのこっちゃ)人が多いのを見ると、恋してる人なんて実はあんまりおらんのちゃうかな~とか思ったりするわけです。


または思いこみで付き合ってる人もいますしね。

まぁ恋自体が思いこみなのかも知れませんが。

恋してないのに恋してると思いこんだら、それは果たして恋なんでしょうか?

それとも恋してると思いこんでたらそれは本物の恋なんですか?


結局恋ってなんなんすかね?こだわりのようなものですか?

恋愛漫画に出てくるような恋ってあれは俺の認識からではSFのようなものですな。


恋なんてしなくても抜くことが出来る以上は、情欲と恋とは別物でしょう。

性欲ならいくらでも感じたことはありますが、恋は。。。いわゆる「萌え」なんすか?

ふーむ。


まぁ「胸がきゅーとなって、その人のことしか考えられなくなる」なら私は嫌ですね。

やりたいことは色々あるから、一人の人物だけに思考を集中することなんてできやしません。

「むねがきゅーとなって」のところに多少の魅力は感じますが(多分良い気持ちなんだろうなぁって)、結局私には無用の長物のようです。


まぁそもそも私の中にはバイオレンスが宿っているようですから、自分の子供を持つと多分そのバイオレンスをその子に向けてしまいそうだから、子供なんて作らない気ですし、自分の時間を奪われるなら妻も要りません。


子供を持つことくらい他の人にもできるなら、取り立てて私がやる必要はないかと。

どうしても子供が欲しいなら養子をもらえばいい話ですしね。

私は私しか出来ないことに自分の人生を使いたいのです。

夢を見てる内は恋はしない。

または恋をするなら、それは私の夢に必要になったときか、私の夢が終わったとき(ハッピーエンドorバッドエンド)なのでしょう。


結論漫画でも読んで恋の疑似体験をして楽しむ程度にしますま

トラックバック - http://nikki.g.hatena.ne.jp/yuhran/20060924